【tomoko通信】幼少時代 vol.104

こんにちは
tomokoです。

 

あらためて自己紹介をしたいと思いました。
私がどんな時代、どんな音楽を聴いていたかも
楽しんでもらえたらと思います。

 

私は昭和、1970年代に、父は銀行員で母が看護師の
長女として生まれた。

 

日本は高度成長期で、共働きの家族は今ほどなかった。
働いていた病院の看護師のために、
当時は珍しい託児所があり、私は赤ん坊の時から、
母が仕事の時はそこに預けられていた。

1つ下に妹がいて、2人で託児所で
遊んでいたのを覚えている。

 

家の近くの幼稚園に通い始めた。
私は年中、妹は年少、当時珍しい3年保育だった。
それと給食もあったので、働いていた
母にとっては良かったのだろう。

 

その幼稚園はお寺とくっついていて、土曜日には
お花を本堂にあげて、畳の上で正座して園長先生の
話を聞くといった、しつけをちゃんとするような
イメージの幼稚園だった。

 

おかげでか、うちでは祖母が幼稚園の送り迎えを
してくれていたのだが、忘れてしまうことがあり、
私は自宅から祖母に電話をかけて来てもらっていた。

 

もう2人だけでも幼稚園に行って帰ってこれる。
別に大人の力はいらないとまで思っていた。
ませた4歳の女の子だった。

 

幼稚園の歌集を手作りで作り、どの歌を今日は歌った
とそのページをペラペラめくるのも好きだった。

 

幼稚園はまた音楽教育に熱心、
ハーモニカの練習を特にやった。
年少では小さいもので、年長では2段式の
大きなハーモニカを使う。

 

そのハーモニカ練習の時に、先生がグランドピアノを
弾いてくれるのが嬉しくて、そのピアノの鍵盤の真下から、
指で弾く鍵盤が落ちていく様をずっと見ていた。

 

私は全然飽きない。

 

私は年中(4歳)の時ピアノを習いたいと親に言った。
親は快く習わせてくれた。

 

家にピアノがやってきた日も覚えている。
2階の部屋に入れるため、クレーンで吊って
ベランダから入れた。

 

今でもそのピアノを使っている。
ピアノの音が大好きだった。

 

でも、一番好きなのは「歌」と、
1人、自分の心に秘めていた。

 

誰にも言わない。

 

1人で歌ってみてと言われると、
わざと音程を外して歌う。
少しひねくれた子供だったのだ。

 

当時聞いていた音楽は、テレビアニメの曲や、
その当時はもう引退していたが、何かの影響で
キャンディーズの歌をよく聞いていたのを
覚えている。

 


キャンディーズ 微笑みがえし

多分、他の幼稚園の友達は聴いていないだろう。
少し前の世代の人たちが聴いていたのを、
幼稚園児が聴いていた。

 

今聞くと懐かしく、恥ずかしいぐらいに
感じてしまうが、それが日本の流行歌。

 

キャンディーズの良さはハーモニーだった。
ピンクレディーも流行っていたが、
私はキャンディーズの曲を好んでいた。

 

こう聴くと、やはり日本の曲はメロディ重視。
メロディが美しい。

 

tomoko

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