トモコヴォイス会報誌vol.72

「愛車達!」
ーロサンゼルス車生活ー

 

8年間のロサンゼルス生活では3台の車を乗り継いだ。
お金もないので選んでいられない。
その都度、縁あって出会った車達だった。

はじめに乗ることになったのは、84年式日産のセントラという車種だ。
900ドルで買った。

それが初めて運転免許を取り初めて買った車だ。

右前のタイヤの上が潰れていて11万マイル(約16万キロ)走っている車だった。
古くボロボロだったが、この時に車のケアを学んだ。

なぜなら買って3ヶ月したらエンジンの中のタイミングベルトという
ベルトが切れてエンジンが半分壊れてしまったのだ。

日本ではもう廃車になるのだろう。
アメリカではこんな車も走り続けられる。

その時のバイト先のおじさんが車のケア、
メンテナンスについてよく教えてくれたのだ。

古い車なのでそれにはキャブレターというのがついていた。
それは空気とガソリンを混ぜているところだ。

そこの掃除の仕方だったり、冬の寒さによってエンジンが
すぐかかりにくいため、夜はエンジンに毛布をかけてあげたり、
アクセルを何回か踏んでからエンジンを掛けたりした。

いろんなことをしたものだ。

そんな車も1年後に700ドルでメキシコ人に売った。

次の車は89年式の三菱のミラージュという車だった。

前の車とは違ってキャブレターはない。
それにパワーステアリングだった。

それで母と妹を連れてアリゾナ、グランドキャニオンへ長距離ドライブをした。

やはりそれだけ走ったあとはガタがきた。
4年ぐらいは乗ったと思う。

最後はアクセルを下まで踏ん付けても時速5キロぐらい、
すごくゆっくり走るだけになってしまった。

乗り切った車だった。
それでも500ドルで売れた。
日本人の車修理屋が買い取ってくれた。

三台目が、86年式ホンダのインテグラという車だった。
これは今まで乗ったことがなかったマニュアル車だった。
運転の仕方を友人から学んだ。

ひたすら路上で練習した。
日本では考えられないけど、アメリカではよくある。
親から車の運転を学ぶのだ。

インテグラはスポーツタイプで後ろが斜めになった
ハッチバックというものだった。

4ドアではなく、2ドアだった。
前の2台はどちらも赤かったのだが、これは真っ黒だった。
そしてヘッドライトが開閉式だ。
目が開くようにライトが付くのだ。

この車はとても乗っていて楽しかった。

マニュアル車だからか、またタイヤも太かったので安定感があり、
フリーウェイでの走り初めの加速が十分にできて、
気持ちよく駆け抜けてくれる。

フリーウェイを降りるときもエンジンブレーキをかけながら
ガッガッガッとギアチェンジをして減速できる。

それらの感覚が車の楽しさかもしれない。
私はこの車をとても大切にした。

洗車にもよく行った。

ロサンゼルスでは洗車場へ行くとだいたいメキシコ人達が働いている。
彼らに鍵を渡し、車はオートマチックに洗車専用のレールにのり
長いトンネルのように建物をくぐってシャワーされ、洗剤をつけられ、
泡立ててモップがけされ、流されて外に出てくる。

そして先ほどのメキシコ人がタオルで丁寧に車を拭いてくれる。
車内掃除機をかけてくれる。

これで5、6ドルだった。
それに1ドルチップを払う。

その後、私は自分の家のそばで念入りにワックスがけする。
真っ黒にピカピカになったインテグラは眺めると、とても美く、
自分の気持ちもスッキリとする。

帰国するまでこの車を乗り続けた。
まだまだ走れる車だった。

私がピアノを習っていた先生も、年式のいいインテグラに乗っていて、
彼もその車を愛していた。

その奥さん用にと、私の車を買ってくれた。
その後、私はあの車にあっていない。
きっと大切にされただろう。

毎日、乗る車達だった。
無事に乗らせてくれてありがとうの気持ちになる。

 

 

 

 

 

 

 

tomoko
トモコヴォイス紙面会報誌 Vol.72より
(2013年5月1日)

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